< 家族関係の難しさ(4) > (2007-8-5)

こんにちは

 前回は、家族の関係は、一般社会の常識を持ち込むことは、必ずしも、よい結果をもたらすことにはならないというお話をしました。

 家族のなかでトラブルが発生した場合において、他人がアドバイスしようとすると、多くの人は、こう言います。

  「家族の問題なんだから、他人は黙っておいてくれ」

 家族の問題は、家族だけの問題であって、他人がどうこう言うべきことじゃないと

 それは、一般社会とは別空間である「家族の空間」を作っていることになります。

 にもかかわらず、家族間の話し合いの中で、「世間はこう」とか「常識はこう」とか言いだして、相手に承服させようとするのは、そもそもが矛盾しています。

 ある時は「家族は特別」といい、ある時は「世間はこうだ」という。

 そういう時と場合によって、自分の立場をころころ変える態度が最悪なのです。

 正しいとか、間違っているとか以前の問題として、よって立つ立場なり考え方が一貫しない人を信じることができますか?


 特別な関係、特別な空間を作った以上は、その世界独自の処置を考えて実行しなければ、一貫しないことになります。

 カルト教団の人々の結束が固いのは、なぜなのでしょう?

 マインドコントロールによって操られているから、と考えるのは、いささか考えが浅いと思います。

 もちろんマインドコントロールはあると思いますが、それは、良いか悪いかという規範の部分の問題であって、人間関係の問題ありません。

 カルト教団は、デタラメな教義が多いですが、でも、立場が一貫してます。

 立場が一貫している者どうしの人間関係はとても信用しやすい。安心しやすい。

 純粋な人ほど、一般社会の人々は、ころころ立場を変えて、どこまで信用できるかわからないと考えて、カルトにはまってしまうのは、理のある話なのです。

だから、カルト教団の問題は、大変なのです。

カルト教団を非難するのは当然ですが、決して、バカにしてはいけないですね。

 家族が崩壊していくこととカルトが増加していくことに、明らかな因果関係があるようですが、それは、家族関係から信頼という要素が失われつつあることを意味するからです。

 

 

 いささか、話が横道にそれましたが、

 大切なことは、家族というのは、特別な関係であるので、あくまで「特別であること」を一貫させなければなりません。

 とくに、他人を非難するときと同じ論法で家族を非難することは、最悪です。

 原則として、一般社会とは違った世界であることは、徹底しなければなりません。

 その上で、一般社会常識との調和(妥協点)を探るのが、よいのではないかと考えてます。

 つまり

 まず、「家族」であるから、家族の論理としてお互いの信頼を確認しあう。

 その上で、現状に問題があるので、改善および妥協点を一緒に考えよう。

という感じになるのでしょうか。

 大切なのは、「家族」であり家族の関係であって、良いか悪いかではない。

  「常識なんかどうでもいい。家族の幸せのためなら非常識でけっこうだ!」

 みたいな、ある意味で非常識な勇気が求められることになるのかも知れません。

 どういう立場であろうと、一貫していれば、最悪なことにはならないのではないかと、現時点では私は考えています。

ということで、

 今後も

 できる限り、家族の問題については考えていきたいと思っています。

 よろしくお願いします。

ではまた

 

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 家族関係の難しさ